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兄からは「命乞い」の書簡が届いていた…しかし、暗殺は実行された 2月16日

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2017.2.16 05:04

【産経抄】兄からは「命乞い」の書簡が届いていた…しかし、暗殺は実行された 2月16日

強制退去処分を受け、北京行きの全日空機に向かう金正男氏とされる男性=2001年5月4日(早坂洋祐撮影)

 1940年8月、メキシコ市郊外にある邸宅の書斎に、ロシア革命の立役者の一人、トロツキーの姿があった。政敵のスターリンによって国外追放され、11年余りの漂流の末に、この地に逃れていた。

 ▼3カ月前に銃撃を受け、屋敷の警備は厳重だった。ただラモンと名乗る青年は、トロツキーのシンパとして出入りが許されていた。そのラモンによって、ピッケルで頭を一撃されて絶命する。

 ▼鮮血は執筆中だった、スターリン批判の原稿を真っ赤に染めたという。ラモンは裁判で自分の一存で犯行に及んだと主張し、ソ連国内でもその通りに報じられた。もっとも今では、スターリンの指示による暗殺を疑う専門家は一人もいない。

 ▼北朝鮮の金正恩(キム・ジョンウン)朝鮮労働党委員長の異母兄、金正男(ジョンナム)氏(45)が、マレーシアで殺害された。首都クアラルンプールの空港で、2人組の女に毒殺されたもようだ。北朝鮮から「犯行声明」が出ているわけではないものの、こちらも正恩氏の指令がなければ起こりえない事件である。毒針を仕込んだペンや毒物を発射する小型銃は、北の工作員がこれまでも常用してきた暗殺道具である。

 ▼韓国の情報機関によると、正男氏の暗殺計画は5年前からあった。もはや権力を脅かされる心配はなく、兄からは「命乞い」の書簡が届いていたにもかかわらず、である。正恩氏は規模ではスターリンには及ばないものの、国内では血まみれの粛清を繰り返している。独裁者の猜疑(さいぎ)心は、底が知れない

 ▼「刺客を放つ」。この言葉が、政敵を選挙で落とすという意味で使われるようになったのは、いつごろからだろうしかし世界を見渡せば、本物の刺客が跋扈(ばっこ)している。今回の惨劇は、そんな現実を日本人に改めて突きつけた。

 


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