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「常に変化し続けよ」 取材メモに残されたミスターラグビー・平尾誠二の言葉 10月23日

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2016.10.23 06:55

【産経抄】「常に変化し続けよ」 取材メモに残されたミスターラグビー・平尾誠二の言葉 10月23日

第32回日本選手権で大東文化大と対戦した際の神鋼・平尾誠二=1995年1月15日、国立競技場  

 折々の花を、自然の風姿のまま器に生ける。「なげいれ」と呼ばれる生け花の一様式を、その道の大家である川瀬敏郎さんがこう論じている。〈なげいれは、「答えのない花」。昨日の答えが今日の答えにはならない〉と(『花に習う』平凡社)。

 ▼「型」から解き放たれた、名人ならではの無常観だろう。勝負の世界にも一脈相通じるものがある。勝ち続ける法則はあるか-の問い掛けに、この人はピシャリと答えた。「いい方法を継承しようという発想は、その時点で下降線をたどっている」。確かに、今日の勝者が明日も笑える保証はない。

 ▼ラグビー元日本代表監督の平尾誠二さんである。成功体験は蜜の味がする。甘美な記憶に酔う者はしかし、すでに時流に取り残されている。常に変化し続けよ。十数年ぶりにひもといた筆者の取材メモに至言、箴言(しんげん)の数々があった。

 ▼転がる先は楕円(だえん)形の球のみぞ知る。不確実な未来を追う人にとって「常に変化を」は道理だった。思い起こせば盛時の「ミスターラグビー」もまた、変転のステップを忙しく刻む名選手だった。53歳、突然の訃報に天の無情を思う。

 ▼「花は野にあるように」は「なげいれ」を一様式へと高めた千利休の遺訓である。マニュアルや型を嫌い、感性重視のプレーを選手に求めた平尾氏も彩色豊かな個性の花を芝の上に生けた名人といえる。かつての弱小国から強国へと歩む日本代表には、異能の人の知見がまだまだ必要だったろう。

 ▼〈人の行く道に裏あり花の山〉という。険しい道を踏み分けた果断が氏を偉材たらしめたとしても、セカンドキャリアを駆け抜ける必要はなかった。病魔を独り抱え込んでいたのか。パスを出すことなくノーサイドの笛とは…。秋風が頬に冷たい。

 


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