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理想の国 1月8日

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2016.1.8 05:04

【産経抄】理想の国 1月8日

 ドナルド・キーンさんが、日本文学の研究の道に入ったのは、米コロンビア大学在学中に読んだ一冊の本がきっかけだった。英国の東洋学者、アーサー・ウェイリーが英訳した『源氏物語』である。

 ▼加島祥造(かじま・しょうぞう)さんは、50代の終わり頃に、古代中国の思想家、老子が書いたとされる『道徳経』の英訳本に出合った。これまで縁遠かった老子の「足るを知る」思想が、初めて理解できたという。

 ▼大正12年に東京・神田で生まれた加島さんは、戦前から英語に親しんできた。戦後は米国留学を果たし、フォークナーなど、100点を超える英米文学を翻訳している。そんな加島さんが英訳本を参考にして、老子を現代詩として甦(よみがえ)らせたのが、『タオ-老子』である。

 ▼長年続いた大学の教員生活を終え、信州・伊那谷に移り住む時期とちょうど重なっていた。西洋文化から東洋思想へ、都会の喧噪(けんそう)から離れて自然と親しむ生活へ、加島さんの人生の大きな転機でもあった。

 ▼40万部を超えるベストセラーになった詩集『求めない』も、老子の思想という、幹から伸びた枝のひとつだった。山里の1人暮らしのなかで、「求めない」で始まる言葉が、次々にわき出てきた。といっても、加島さんは現代文明を否定しているわけではない。昔の仙人が雲に乗って好きなところへ出かけたように、加島さんも海外旅行を楽しんだ。

 ▼「小国寡民(しょうこくかみん)」を理想の国とした『道徳経』第80章を加島さんはこう訳している。「隣の国は近くて、犬の吠(ほ)える声や鶏の鳴く声が聞こえるほどだが、そんな隣国とも往来しない、そして、ずいぶん歳(とし)をとってから静かに死んでゆく」。その通り、北朝鮮による「水爆実験」を知ることなく、昨年末に92歳の天寿を全うしていた。

 


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