皆殺しの兵器 1月7日
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【産経抄】皆殺しの兵器 1月7日
米ニューメキシコ州の砂漠に、巨大な光がはじけ、きのこ雲が立ち上った。1945年7月16日未明、原爆が誕生した瞬間だった。開発のリーダーだったロバート・オッペンハイマーは、実験の成功を見届けると、相手をKOしたボクサーのように両手を突き上げた。
▼3週間後の8月6日に広島、9日に長崎へ投下される。あまりの惨禍の大きさに衝撃を受けたオッペンハイマーは、人が変わったようになる。「科学者は罪を知った」「私の手は血で汚れている」。自らを呪うような発言を繰り返した。
▼ソ連が原爆実験に成功すると、米国はさらに破壊力を増した、水爆の開発に突き進む。その動きにあくまで反対したのが、「原爆の父」と呼ばれたオッペンハイマーだった(『オッペンハイマー』中沢志保著、中公新書)。
▼北朝鮮は昨日、「水爆実験に成功した」と発表した。本当に水爆なのか、専門家は懐疑的だが、金正恩第1書記はすでに昨年末、「水爆保有国になった」と発言している。そのころ中国・北京では、北朝鮮の女性音楽グループの公演が予定されていた。突然中止になったのは、発言に不快感を示した中国側が観覧者の格を下げ、金第1書記がそれに激怒したのが原因、との見方もあった。
▼今回の発表には、かつて「血で固められた同盟」を結んでいた中国も、猛反発しているはずだ。北朝鮮は、国際社会から、より過酷な制裁を受ける可能性が高い。にもかかわらず、なぜ、オッペンハイマーが「皆殺しの兵器」とまで呼んだ水爆をもてあそぶのか。まもなく32歳になるという独裁者の行動は予測不可能である。
▼ただひとつ言えることがある。イランとサウジアラビアの国交断絶で始まった今年は、大変な1年になる。
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