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。「亡」は捨てる、「命」は戸籍を意味する。すなわち、生き延びるために、他国に逃亡することだ。

2015.8.11 05:05更新

【産経抄】
亡命の由来 8月11日

 作家の宮城谷昌光(みやぎたにまさみつ)さんは、中国・春秋時代の「名臣」の一人に、呉の伍子胥(ごししょ)を挙げている。父の伍奢(ごしゃ)は、楚王の子の教育係を務めていた。王は、佞臣(ねいしん)の讒言(ざんげん)を聞き入れて伍奢を捕らえ、さらに、子供たちを呼び寄せていっしょに殺そうとする。

 ▼兄の伍尚(ごしょう)は、伍子胥を諭(さと)した。「なんじは呉へゆけ。わたしは王都に帰って死ぬ…わたしが死んでも、なんじは仇(あだ)を報(むく)いることができる」(『春秋名臣列伝』)。伍子胥は、兄の言葉に従い、呉に亡命する。

 ▼「亡命」という言葉は、古代中国の史書『史記』に出てくる。「亡」は捨てる、「命」は戸籍を意味する。すなわち、生き延びるために、他国に逃亡することだ。中国の長い歴史のなかで、おびただしい数の人々が、亡命を余儀なくされてきた。

 ▼昨年12月に失脚した中国共産党の大物政治家、令計画氏の弟、令完成氏もその一人なのだろうか。中国国内にいる親族のほとんどが当局に捕まり、完成氏だけが米国に逃れた。米メディアの報道によると、米国政府に対し政治亡命の申請手続きを進めている。

 ▼呉の王に仕えた伍子胥の策戦によって、やがて楚の都は陥落する。伍子胥は、すでに死んでいた王の墓を暴き、死骸を鞭(むち)で打った。完成氏は、兄たちの刑を少しでも軽くするために、中国政府に揺さぶりをかけているという。そのための武器が、中国から持ち出したとされる2700点もの共産党の機密資料である。米政府に渡れば、中国政府は大きなダメージを受けそうだ。

 ▼伍奢は、息子が呉に亡命したのを知って、処刑前にこう言い残した。「楚王は、憂苦(ゆうく)がふえて、いつも通りには食事ができぬようになろう」。中国の指導者たちは、いつも通り食事ができているのだろうか。


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