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「生前にどんないい舞台を残しても、長生きされちまった役者にはかなわないよ」。

2015.8.3 05:03更新

【産経抄】
昭和悪友伝 8月3日

 加藤武さんは、親友の小沢昭一さんにいわせれば、「生粋の江戸人、というより江戸土着民」(『昭和悪友伝』)。東京・築地に生まれ、父親は魚河岸の仲卸業をしていた。毎月、歌舞伎座や東劇の切符が届き、幼い頃から、芝居見物を楽しんでいた。

 ▼70年前の5月25日夜から翌日未明にかけて、数百機のB29爆撃機が飛来して、東京の大部分は焼失する。16歳になったばかりの加藤さんは、祖母を乗せた大八車を引いて、火の海のなかを逃げ回った。業火に包まれた歌舞伎座の前で、名優たちの数々の舞台姿を思い浮かべながら、呆然(ぼうぜん)と立ち尽くしていたという。

 ▼戦争はいやな話ばかりだが、一つだけ感謝することがあった。ドサクサにまぎれて、名門の麻布中学に入れたことだ。麻布では、小沢さん、仲谷昇さん、フランキー堺さん、早稲田大学では、北村和夫さん、今村昌平さんらが仲間だった。歌舞伎、そして「昭和の悪友」たちとの出会いが、加藤さんを俳優の道に導いたといえる。

 ▼小沢さんが加藤さんに、こんな話をしたことがある。「生前にどんないい舞台を残しても、長生きされちまった役者にはかなわないよ」。悪友たちを見送り、長生きして舞台に立ち続けたのは、加藤さんだった。

 ▼平成24年12月、83歳で亡くなった小沢さんの葬儀では、声を震わせながら弔辞を読んだ。「私もまだやりたいことがあって、これを済ませたらいく。待っていて頂戴の心だぁ」。小沢さんのラジオ番組の決まり文句「~の心だぁ」のもじりである。

 ▼9月には、主演の舞台を控えていた。それに備えて、体を鍛えていたのだろう。先月31日、スポーツジムのサウナで倒れ、亡くなった。86歳、まだやりたいことを済ませていなかった


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