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〈舌耕といふなりわいの蜆(しじみ)汁〉

2015.3.22 05:02更新

【産経抄】
3月22日

 3年前に世を去った小沢昭一さんに、ご先祖自慢の逸話がある。テレビ番組で系譜をたどると、「遠い遠い縁」で良寛との血のつながりが分かった。「良寛真筆」と伝わった歌の掛け軸を、専門家が偽物と断じた後も家宝にしたという。「これを書いた人も良寛を愛していたんだろう」と自身の句集に書き残している。

 ▼小沢さんならずとも、おのがルーツをたどれば誰かに行き着く。名を成した人であれ、名もなき人であれ、この世にいる誰かのご先祖には変わりあるまい。お彼岸のこの土日、各地の墓前で日頃の無沙汰をわびる人も多かろう。

 ▼現世を飄々(ひょうひょう)と渡り歩いた小沢さんだが、自身がお骨(こつ)になった後の話にはうるさかった。「ちっちゃい石ころ一つでもいいから、私の骨のある場所の目印、あってほしいな」(『ラジオのこころ』文春新書)。墓があればこそ、あの世で安住できる。散骨では住所不定だ、どうにも落ち着かない、と。

 ▼悲願かなってかどうか、氏はご先祖とともに東京・向島の弘福寺に眠っておられる。この寺が森鴎外の元の菩提(ぼだい)寺だったことも、生前の小沢さんには自慢の種だった。季節を問わず、手を合わせるファンは後を絶たないという。

 ▼彼岸の由来は、「日願(ひがん)」ともいわれる。太陽が真東から出て真西に沈む春分日を境に、北風は和らぎ水もぬるむ。名のみの春は終わり、花は眠りから覚める。開け放った北窓から色に富む景色をめでる日も近い。季節の折り目に亡き人をしのび、胸の中の目印に手を合わせるお彼岸もよし、だろう。

 ▼大方の人は墓参りの後の楽しみが目当てか。俳号「変哲」を称した小沢さんに春の句がある。〈舌耕といふなりわいの蜆(しじみ)汁〉。精進落としで味わう口福もまた、よろしかろう。


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