「住めば都」の格言もある。
【産経抄】
12月7日
職業柄、人の盛衰を語る際に手拍子で「都落ち」や「西下」の言い回しを使うことがある。地方を下風に置く後ろめたさを感じつつも、目をつぶってキーボードをはじく。あの『坊っちゃん』だって堂々と田舎をさげすんでいたではないか…。
▼丸谷才一さんも、かの名作を「差別小説」と認めていた。大衆が受け入れたのは伝統の問題だ、と。「首都はあこがれるもの地方は厭(いと)ふものと相場が決まつていた」(『闊歩(かっぽ)する漱石』講談社)。「地方分権」が選挙公約の通り相場となった当節は禁則ワードであろうか。
▼「地方創生」なる言葉が実りの季節を待ちわびて久しい。目下の選挙で各党は、地方への権限移譲、財源移譲と口をそろえるものの、手拍子で「そうせい、そうせい」とはいかないようだ。若者のあこがれを吸い寄せて、丸々と実る東京のダイエットは難題である。
▼高度経済成長期に郊外に移転した大学も、再びキャンパスの「東上」を進めているという。世は少子化の「全入時代」。インターンシップも就職活動も、最前線は都心にあるからやむを得ないが、大学に去られた地方都市の商店街などは深刻なダメージに嘆いている。
▼肥大化した東京は高齢化という、いつ裂けるとも知れぬ動脈瘤(りゅう)を抱え、人材という血が行き渡らぬ地方には「消滅危機」の赤信号が瞬く。自由度の高い交付金をばらまけば、急場しのぎの点滴にはなろう。しかし地方という田畑に実りをもたらすのは、やはり人だ。
▼丸谷さんの郷里、山形県鶴岡市では人工のクモ糸繊維の事業化に向けた動きがある。足りないのは人手という。当方は、東京を向く若者に対し身近にある「都」に気づけ、と書いておく。罪滅ぼしの意を込めて。「住めば都」の格言もある。
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