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★日本人に限定の立民の党員資格「変えるべきだ」 社民・吉田幹事長  [◆日本の実態]

産経ニュース

日本人に限定の立民の党員資格「変えるべきだ」 社民・吉田幹事長 

社民分裂、福島党首のみに
社民党の臨時党大会で、立憲民主党に合流するための離党を容認する議案に賛成として掲げられた票を見る(壇上左から)福島党首、吉田幹事長=14日午後、東京都内
 社民党の吉田忠智幹事長は立憲民主党への合流を認める議案を可決した14日の臨時党大会で、立民が党規約で定める党員資格をめぐり「日本国籍を持つ人と限定されることについては、私は変えるべきだと思っている。立民のこうした課題、変えるべきところを、合流を志す人たちはしっかり変える努力をする必要がある」と主張した。
 愛知県連の代議員が議案に対する質疑で「立民は党員を募集しているが、日本国籍を持つ人に限るとしている」などと発言したことを受けて、述べた。
 この代議員は「9月15日の立憲民主党の結党大会のときには、舞台に日の丸が置かれていた。社民党の場合は、ご覧の通り日の丸はない」とも述べた。
 これに対して吉田氏は「立憲民主党結党大会で日の丸が掲げられたことについて、私が何か申し上げることはない」とした。
 立民は党規約で党員の資格について「本党綱領およびそれに基づく政策に賛同し、草の根からの声に基づくボトムアップの政治を実践しようとする18歳以上の日本国民」と明記している。

[>]之が野党、日本の政治家の実態・・・
 
 戦後75年、日本は今や工作員列島化に現実味。


[>]以下は半島だけの問題なのか?

日本の場合傀儡師は中国、米国、韓国、北朝鮮、ロシアと数多の悲惨。



【軍事情勢】

反日で従北 緊張感を欠いた救いがたい韓国の内部事情  <<リンク 

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 <以下抜粋>

 ただ、北朝鮮の支援を受けた韓国系親北勢力による騒擾・内乱は、共産主義への警戒感が強い米軍政期や朝鮮戦争前の李承晩政権時から続発していた。中でも、中佐・少佐級まで含む国軍将兵の反乱《麗水(ヨス)・順天(スンチョン)事件=1948年》は、韓国軍に部隊規模で浸透できる細胞・シンパを抱える、北朝鮮の高度な隠密性を証明した。最初に決起したのは、別の騒擾鎮圧に向け出動命令を受けた連隊で、2000人中40人が南朝鮮労働党の細胞だった。細胞が決起を促すと、オルグ済みのシンパが歓呼・賛同し、反対者を迷いもなく射殺すると連隊自体が反乱軍と化し、他の反乱部隊と合流。この連隊鎮圧に出た部隊も指揮官射殺後、反乱軍に引き込まれた。

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 1000人もの軍人が逮捕され、内152人が軍法会議で死刑となった。危険分子として強制除隊を強いられた将兵は4700人で、当時の韓国軍の1割に迫る。死者も無辜の民間人を含め数千人に達した。9日間でほぼ制圧したが、一部反乱軍は山中でゲリラ戦を継続。完全制圧は10年後で、朝鮮戦争休戦後4年もたっていた。北朝鮮のゲリラ戦教育には強い警戒が必要なのだ。

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細胞培養期間だった10年

 さらに80年代にかけ、北と韓国内の細胞は親北派エリートを育て、労働組合はじめ政治/法曹/教育・大学/メディア/官僚/経済の各界に埋め込んでいく。特に、法曹界には優秀なゲバ学生を資金援助し、裁判官や弁護士、検事に仕立て上げた。今後も日本政府・企業に対し、歪んだ判決が続く可能性は高い。


タグ:反日
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日本に「見えない戦争」を仕掛け始めた中国 [❶中国]

日本に「見えない戦争」を仕掛け始めた中国

日本は「全政府対応型アプローチ」で備えよ
2020.11.16(月)樋口 譲次
中国は新しい戦争を既に日本に対して仕掛けている

「新しい戦争」の形

 21世紀の戦争は、国家が堂々と紛争の解決を軍事的手段に訴える分かりやすい従来型の戦争から、知らないうちに始まっている外形上「戦争に見えない戦争」へと形を変えている。

 この「新しい戦争」の形を初めて実戦に採り入れたのはロシアである。

 その実戦とは、2014年のロシアのクリミア半島併合と東部ウクライナへの軍事介入であり、西側では「ハイブリッド戦」と呼んでいる。

 ハイブリッド戦は、『防衛白書』(令和2年版)によると下記のように説明されている。

 軍事と非軍事の境界を意図的に曖昧にした現状変更の手法であり、このような手法は、相手方に軍事面にとどまらない複雑な対応を強いることになります。

>>続きを読む


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 21世紀の戦争は、国家が堂々と紛争の解決を軍事的手段に訴える分かりやすい従来型の戦争から、知らないうちに始まっている外形上「戦争に見えない戦争」へと形を変えている。

 この「新しい戦争」の形を初めて実戦に採り入れたのはロシアである。

 その実戦とは、2014年のロシアのクリミア半島併合と東部ウクライナへの軍事介入であり、西側では「ハイブリッド戦」と呼んでいる。

 ハイブリッド戦は、『防衛白書』(令和2年版)によると下記のように説明されている。

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天皇から民衆にまで愛された皇親氏族・甘南備高直 [3)日本の歴史]

天皇から民衆にまで愛された皇親氏族・甘南備高直

平安貴族列伝(21)
2020.11.16(月)倉本 一宏
常陸国府故地(石岡小学校) 写真:倉本 一宏

(歴史学者・倉本一宏)

当時では長身の六尺二寸(約188cm)

 甘南備高直(かんなびのたかなお)を取りあげよう。『続日本後紀』巻五の承和三年(八三六)四月丙戌条(十八日)には、次のような卒伝が載せられている。

散位(さんい)従四位下甘南備真人高直が卒去した。高直は天渟名倉太珠敷(あまぬなくらのふとたましき)天皇(敏達[びだつ])の子孫で、六世王五位下清野(きよの)の第三子である。父清野は文章生から大内記に任じられ、大学大允に遷り、宝亀年間に遣唐判官兼播磨大掾となった。帰朝した日に正五位下に叙され、肥前守に任じられた。兵部少輔・武蔵介に遷り、延暦十三年に卒去した。高直は身長が六尺二寸あった。若くして文章生となり、文筆にすぐれ、琴書に巧みであった。二十三年に少内記に任じられた。大同元年に大宰少監・西海道観察使判官を歴任し、弘仁の初年、続けて左右近衛将監に遷任された。六年に従五位下に叙され、陸奧・上野介に累任された。天長三年に常陸守となったが、訪採使の監査に遭い、前司の罪に関わり、釐務を停止された。しかし、常陸国の下僚も民も、高直の徳化に感じ、競って高直の必要とする経費を提供し、嵯峨(さが)太上天皇もまた、憐れに思って都合を付け、荘園の収益を高直の必要分に充てた。天長六年に摂津守に任じられ、仁明(にんみょう)天皇が踐祚すると、正五位上に叙され、次いで従四位下を授けられた。翌年、実母の喪に遭うと、悲しみで死んだも同然となり、幾くもなく卒去した。年は六十二歳。

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