【動く「ポスト安倍」の夏・派閥編】石破派 他派閥連携へ側近奔走 恩人・吉田氏墓参、二階氏接近
【動く「ポスト安倍」の夏・派閥編】石破派 他派閥連携へ側近奔走 恩人・吉田氏墓参、二階氏接近
うだるような暑さに包まれた7日。「ポスト安倍」を狙う自民党元幹事長、石破茂ら石破派(水月会)の13人は、東京・信濃町の寺院を訪れ、昨年10月に死去した元参院幹事長、吉田博美の墓前で手を合わせた。
石破にとって、吉田は政治生命をつないでくれた恩人だ。首相の安倍晋三との一騎打ちとなった平成30年の前回総裁選で、吉田は自身が率いる参院竹下派(平成研究会)を石破支持でまとめた。石破派だけでは、出馬に必要な20人の推薦人すら確保できなかった中、吉田の加勢がなければ再起もままならない大敗となった可能性もあった。
8日には、石破派が中心となり、吉田が地盤とした長野県喬木(たかぎ)村で「しのぶ会」も開いた。石破は吉田関係者を前に演説し、こう力を込めた。
追悼・李登輝元総統 「日本の首相だったら」 作家・エッセイスト、阿川佐和子 [◆論 評◆]
追悼・李登輝元総統 「日本の首相だったら」 作家・エッセイスト、阿川佐和子
先月30日に97歳で亡くなった台湾の李登輝元総統を偲(しの)ぶ声が広がる。日本と台湾の民間交流の促進を図る「日本李登輝友の会」(本部事務局・東京)の初代会長を務めた作家、阿川弘之さん=2015(平成27)年死去=を父に持つ作家でエッセイストの阿川佐和子さん(66)は、温和さと剛毅(ごうき)さを併せ持った李元総統の思い出を語った。
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《李元総統と初めて会ったのは、父の知人に招かれた台湾旅行中だった》
「01年ごろだったと思う。父が懇意にしていた蔡焜燦(さい・こんさん)さん(台湾の実業家で、日台民間交流の立役者。17年死去)から、両親や友人らと一緒に台湾に招かれた。当時の私の台湾に関する知識は、食べ物がおいしいということぐらい。蔡さんの案内で各地を回るうち、中国共産党と戦ったのだからいい人なのだろうと漠然と考えていた蒋介石が実は台湾の人々を苦しめていたことなど、それまで全く知らなかった台湾の歴史を聞かされた。その旅行中に突然、李登輝さんから家でお茶を飲まないかと招待を受けた」
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