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★間違った日本の教育【CGS 斎藤武夫 歴史の授業 第2回】 [3)日本の歴史]

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佐々淳行(さっさ・あつゆき)さん・・「わが人生に悔いなし」

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【産経抄】10月12日

 先祖の話ができる人はうらやましい。10日、87歳で亡くなった初代内閣安全保障室長の佐々淳行(さっさ・あつゆき)さんのルーツをたどると、織田信長の下で数々の戦功を挙げた佐々成政に行き着く。後に豊臣秀吉によって切腹に追い込まれる悲劇の武将である。

 ▼司馬遼太郎の『翔ぶが如く』にも登場する友房は、祖父に当たる。西南戦争で西郷隆盛側につき、奮戦した。重傷を負って監獄に収監されるもやがて許され、国会議員として活躍する。佐々さんは、そんな武人の血筋に導かれるように警察官僚への道を選んだ。

 ▼当時は、日米安保をめぐる過激派闘争のまっただ中である。東大安田講堂事件からあさま山荘事件まで、数々の血みどろの現場で指揮を執りながら、先祖の戦いぶりに思いをはせたという。過酷な体験を重ねるうちに、独自の交渉術や情報伝達術を編み出していく。それらを集約した言葉として生み出したのが、「危機管理」だった。戦後の日本社会からすっぽり抜け落ちていた、概念でもある。

 ▼退官後は、取材や講演に引っ張りだこだった。ボランティア活動にも精を出す。多忙のなか、もう一つの才能の花を大きく咲かせた。小欄が最初に手にした著作は、『目黒警察署物語』だった。エリート官僚らしからぬ軽妙な筆の運びに、脱帽したものだ。

 ▼それも家系を見直すと驚くに当たらない。祖父、友房は、詩人でもあった。父親の弘雄氏は、学者から朝日新聞に入り、後に政治家になった。終戦の8月15日に書いた朝日の社説「一億相哭(そうこく)の秋(とき)」は、名論説として名高い。

 ▼「わが人生に悔いなし」。佐々さんが、平成19年に「正論大賞」を受賞したときのコメントである。武人としても文人としても人生を全うしたのだから、当然であろう。


タグ:産経抄
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【プロが指南 就活の極意】あれこれ悩まず 選考に早期トライを [1)経営・ビジネス]

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【プロが指南 就活の極意】あれこれ悩まず 選考に早期トライを

損保ジャパン日本興亜の採用面接に臨む学生たち=6月1日、東京都新宿区(宮崎瑞穂撮影)

 

 まだ10月ですが、大学3年生や修士1年生を対象とした選考活動が始まっています。この選考活動とはインターンシップではなく本選考のことを指しています。事実、既に大学3年生でありながら企業から内々定を獲得した学生がいるようです。またある就活サイトを見ると本選考に繋がる説明会の情報やエントリーシートの締切日が書いてあるなど、企業間の優秀な学生の奪い合いを象徴する動きが出ています。学生から見ると気付いたときには選考が終わっていたということになりかねませんので日ごろからアンテナをはって情報を収集しておきましょう。

 さて、学生からこの時期に最も多い質問は「今、何をすべきか分からない」や「どんな準備をすればいいのか」といった類のものです。大学受験と違って、内定という目的に対する自分の立ち位置(偏差値のようなもの)が分からないのが就職活動の難しさですが、受験以上に今後の人生を大きく決めることになる就職活動は、就活生にとっては非常に不安が大きく、先が見えない精神的プレッシャーであることは間違いないといえます。

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【阿比留瑠比の極言御免】佐々氏が見た菅元首相 [◆真相・実態]

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【阿比留瑠比の極言御免】佐々氏が見た菅元首相

 10日に亡くなった初代内閣安全保障室長、佐々淳行さんに初めて取材したのは24年前、平成6年のことだった。それから折に触れ、実体験に基づくコメントをもらったり、時事問題に関して意見を聞いたりする機会があり、含蓄のある話にいつも感心していた。

 佐々さんは昭和47年2月、連合赤軍メンバーが長野県軽井沢町の別荘に立てこもった「あさま山荘事件」では、警察庁から派遣され現地で指揮を執った。その際、当時はまだ名前が売れていなかった「カップヌードル」を持ち込んだ。

 「零下15度の寒さ。長野県警の感覚では、非常食といったら乾パンと握り飯ぐらいだったが、それでは温まらない。カレーライスも作ってみたが、すぐ凍って食えたものではない」

 佐々さんは、警視庁警備1課にキッチンカーを2台用意させてお湯を沸かした。厳寒の山中で機動隊員らがカップヌードルをすする姿がテレビ中継され、流行に一役買ったという。

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