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【産経抄】9月14日



 プーチン大統領が首相に声をかけた。「危機から脱却する方法を二つ思いついた。一つ目は火星人が来てロシア人を助けてくれるのを待つ。二つ目はなんとかして自力で危機から立ち直る」。すると首相はこう答えた。「大統領、二つ目の方法は非現実だから検討すべきではありません」。


 ▼モスクワ生まれのエコノミスト、菅野沙織さんの著書で知ったジョークである。実は冗談ではなくなった。1998年の金融危機を救ったのは、原油価格の上昇という「火星人」である。


 ▼強引な対外政策が目立つプーチン政権は、欧米諸国の対露制裁によって経済低迷に再び苦しんでいる。日本との「経済協力」を新たな火星人として期待しているのではないか。それを呼び込むための「奇策」と解釈すれば合点がいく。


 ▼「東方経済フォーラム」で、プーチン大統領が提案した「平和条約の年内締結」は、あまりにも唐突だった。もちろん、締結は北方領土問題が解決してから、との日本側の立場が変わるはずもない。奇策は、ロシア外交のお家芸といえる。


 ▼吉村昭の『ポーツマスの旗』にこんな場面があった。日露戦争の講和会議のさなか、日本の全権大使、小村寿太郎は新聞を見て愕然(がくぜん)とする。日本がロシア側に提示した講和条件が列記されていた。会議の内容は漏らさないとの約束をロシア側が破ったわけだ。新聞を利用し、各国の世論の同情を買うのが目的である。小村は日本外交の歴史の浅さを思い知らされる。


 ▼その後日本も修羅場をくぐってきた。奇策に驚いてばかりもいられない。プーチン氏は白々しくも「今、思いついた」「ジョークではない」と述べた。安倍晋三首相も「ジョークとして受け取っておく」と、とぼけておけばよかった。