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【産経抄】4月11日



 作家の三島由紀夫は、昭和22年に大蔵省(現財務省)に入省するものの、創作に専念するためわずか8カ月で辞める。強く引き留めたのが、後に「大蔵省のドン」と呼ばれる長岡実さんだった。ともに東大法学部を出た同期生であり、父同士が旧制一高の同級生という因縁もあった。


 ▼45年に三島が衝撃的な自決を遂げるまで、親しい関係は続いた。三島の『青の時代』の主人公は、長岡さんの一高時代の同級生がモデルである。もちろん取材に協力した。もともと長岡さん自身、文学青年だった。学徒出陣の前にファンだった泉鏡花の全集28巻を読破している。


 ▼もっとも長岡さんはエリート官僚として、三島とはまったく別の道を歩むことになった。戦後復興から高度成長へ、やがて財政は悪化して、赤字国債に依存するに至る。日本経済の激動にもまれながら、長岡さんは次官に上り詰める。退官後は東京証券取引所理事長として、バブル崩壊にも立ち会った。


 ▼三島は自決の1年前、長岡さんの依頼で、「大蔵省百年記念式典」の講師を引き受けている。「日本とは何か」「日本というのは経済繁栄だけの国なのか」。全集に収録されている演説原稿には、三島の憂国の情がほとばしる。


 ▼平成の世が終わりつつある今、経済繁栄さえあやしくなってきた。昨日訃報が伝えられた長岡さんは晩年、危機感を強めていた。「政治家は公務員の力をもっと引き出していただきたい。公務員は分を心得つつも、国民のための行政府のあり方に『志』を持って取り組んでほしい」。日経新聞に連載した「私の履歴書」をこう結んだ。


 ▼政府の公文書をめぐる不祥事が、連日のように発覚している。長岡さんがもっとも恐れていた事態であろう。