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【産経抄】名湯でも治せぬもの 1月25日



 民謡『草津節』の一節にある。〈お医者様でも草津の湯でも/惚(ほ)れた病は治りゃせぬ〉。草津の湯に漬かって治らぬ病はない。恋煩いは別として、と。群馬・草津温泉といえば昔から天下に隠れもない名湯である。


 ▼『北越雪譜』の著書で知られ「病弱」を自称した江戸期の文人、鈴木牧之も草津に足を運んでいる。昔は「一廻(ひとめぐり)」、短くとも7日は投宿しなければ湯の効能にあずかれないとされた。湯治といえば「三廻」が常識だったという。牧之もそれにならい3週間逗留(とうりゅう)した。


 ▼顔の腫れが収まり、おなかの調子も上々、「これ目に看(み)ゆる病の快気」と自著『夜職草(よなべぐさ)』で筆を躍らせている。草津の湯がよほど肌に合ったらしい。「霊液」と口を極めて賛美し「子孫の者、この温泉(でゆ)へは…生涯の内に一両度は必ず浴(ゆあみ)すべし」とも書き残している。


 ▼指折りの湯治場を育んだ大地はしかし、荒れた血潮も地下に宿している。容赦なく黒煙を吐き出した草津白根山の噴火はその素顔である。噴石などで訓練中の自衛隊員が亡くなり、10人以上が負傷した。白根山南部の噴火は約3千年ぶりで、予兆はなかったという。


 ▼「日本人は誰でも被災者になる。生きていてよかった」と負傷した男性が語っているわが国は111の活火山を抱えているものの、今回と同じく前触れなしに登山客を襲った御嶽山噴火も「まさか」と言われた。天変地異に予断は禁物との思いを改めて強くする。


 ▼被害のなかった温泉街には懸念の声が寄せられているという。旅行業界で「温泉の横綱」と評されるかの地である。いたずらに不安をあおる風評には惑わされまい。〈白根登ればお花の畑/草津町には湯の畑〉(『草津湯もみ唄』から)。穏やかな山容と日常が、早く戻るといい。